
陸田三郎
全日本古典照相機俱樂部(AJCC)會員。
1950年出生於日本埼玉縣。90年代初期,因工作派駐北京三年,因緣際會愛上了中國製相機,從此一頭栽進了研究、收藏中國古典相機的世界。歷年來多次走訪中國各地,遍尋各大收藏市場、蒐集中國古典相機資料,並在日本相機雜誌上發表多篇研究文章和相機評論。熱衷於使用中國製古典相機進行攝影創作。
著有:
2005年/日本「中国のクラッシックカメラ事情」(朝日ソノラマ出版)

陸田三郎
全日本古典照相機俱樂部(AJCC)會員。
1950年出生於日本埼玉縣。90年代初期,因工作派駐北京三年,因緣際會愛上了中國製相機,從此一頭栽進了研究、收藏中國古典相機的世界。歷年來多次走訪中國各地,遍尋各大收藏市場、蒐集中國古典相機資料,並在日本相機雜誌上發表多篇研究文章和相機評論。熱衷於使用中國製古典相機進行攝影創作。
著有:
2005年/日本「中国のクラッシックカメラ事情」(朝日ソノラマ出版)

≪文化センター≫
北海道に住んでいる私はときどき東京に出かけるが、時間があれば東京港区虎ノ門にある「台湾文化センター」を訪ねることにしている。ここは台湾文化の歴史や最近の動きをさまざまな視点から紹介してくれる。
先日訪問した際は「南島風情-臺日藏書票展覧会」を開催していた。台湾の蔵書票は、日本統治時代に日本の文化人が台湾の人々に紹介したのがきっかけになったという。台湾に30年も暮らした文学者の西川満が主導し、「湾生」の画家立石鐵臣も作品を提供した。展示された蔵書票のなかには台湾らしい風物や原住民文化などをモチーフにしたものもあり、図柄を見るだけでも楽しい。
私はもともと個人的に蔵書票に関心があり、40年ほど前に版画家に依頼して自分の蔵書票を作ってもらったことがある。とはいえ、まさか台湾文化センターで台湾の蔵書票を、しかも日台の文化交流の結果としてそれが育まれてきた歴史を知ることになるとは思わなかった。
この文化センターの多彩な催しにはいつも感心する。私は参観できなかったが、今年2-3月には「台湾美術 在野の旗手 張義雄画伯追悼展」、4-6月には「台湾原住民の装飾イメージと美」が開かれた。7月には「台日鉄道文化交流展」というユニークな催しもあった。文化部が相当力を入れているのだろうと思われるが、企画担当者の努力に敬意を表したい。

處暑(しょしょ) 2017年08月23日(旧暦07月03日)06:20
≪磯小屋≫
何年も前から訪ねたいと思っていた台湾大学の構内にある「磯永吉小屋」を参観してきた。
日本統治時代に台北帝国大学で農学の教授を務め、「蓬莱米」として知られる品種をはじめとして稲の品種改良などに取り組んだ磯永吉(1886-1972年)と同僚の末永仁(1886-1939年)を記念する施設である。元の台北高等農林学校の作業室がその「磯小屋」で、現在の台湾大学の構内にある。建物のなかには、磯らの業績を詳しく紹介するパネル、開発した品種の標本、執筆した論文、使用した実験器具などが展示され、奇美集団の許文龍氏が2012年に制作・寄贈した磯と末永の胸像も置かれている。
参観を終わり、私は磯らの功績の大きさに驚くとともに、現在もこの施設が大切に保存され、週に三日無料で公開されていることに感銘を受けた。2009年には台北市の史蹟 に指定されたという。台湾の人々が磯らに対して寄せる敬意の大きさを実感することができた。

立秋(りっしゅう) 2017年08月07日(旧暦06月16日)15:39
《解厳》
「戒厳令」という言葉を知っている人は日本ではきわめて少くなったと思う。私の場合、高校生のころに歴史の授業で習ったことがある。1936年(昭和11年)に当時の日本軍若手将校がクーデター「2.26事件」を起こし、政府要人を殺害したときにこの戒厳令が一時出されたのだ。いまではほとんど忘れられている。
台中の文化創意産業園区で行われた台湾の戒厳令解除30周年を記念する催し示「解厳」(民進党主催)を参観し、台湾ではこの戒厳令が1987年までなんと38年間も出されていたことを知った。
展示では戒厳令の経緯とともに、これに抵抗して立ち上がった人々の勇気ある行動が詳しく紹介されていた。会場には、抵抗運動のときに掲げられた横断幕なども再現して展示されていた。当然ながら参観者は年配の人が多く、だれもが無言で展示パネルや記録映画に見入っていた。

大暑(たいしょ) 2017年07月22日(旧暦06月29日)23:15
≪一帯一路≫
ある物事を見聞したその時にはわからなくても、しばらくたってから「ああ、そういうことだったのか」とその真意や背景に合点がいくことがある。中国の習近平政権がいま掲げる「一帯一路」がその一つだ。
私は昨年11月に陝西省の西安を訪ねた。そのとき、「中国五岳」の一つである華山にも足をのばした。西安市内の西安北駅から華山北駅まで高速鉄道(新幹線)を利用したのだが、早朝、始発駅の西安北駅に入り、その大きさ に私は仰天した。巨大なコンコースは日本人の感覚ではとても鉄道駅とは思えず、国際空港かと勘違いするほどだった。なにより驚愕したのはホームの数だ。ホームへの降り口がなんと18もあった。降り口一か所につきホームが2本あるとすると、総ホーム数は30を超える(実際34ホーム)。
日本の東京駅は東海道、東北、北陸などの各新幹線が発着する日本最大の駅だが、新幹線ホームは合計10本しかない。西安北駅のホームの数がいかに多いかはこの比較からだけでも明らかだ。しかも、注目すべきは、私がみたところ西安北駅で実際にいま高速鉄道が発着するホームは数本しかないのだ。他の多くのホームはどうも使われているようすはなかった。

小暑(しょうしょ) 2017年07月07日(旧暦06月14日)05:50
≪鳥居≫
昨年、嘉義から西海岸の東石郷副瀬に向かう途中、朴子市内で立派な「鳥居」が立っているのをみつけ、あわてて車を戻して写真を撮った。
鳥居とは、日本の神社で日常空間と神域との境を示す標識である。似たようなものは世界各地にある。台湾でよくみかける牌楼も同じ役割を持つものだろう。あるいは牌楼は日本の鳥居の起源かもしれない。
朴子の鳥居に私が注目したのは、石造りのその姿が大きく美しいこと、また市街地の芸術公園入口に位置していることだった。これほど立派な鳥居は日本以外では珍しいのではないか。この公園は日本統治時代の東石神社という。当時の鳥居を保管していたの か、あるいは最近になって再興したものなのか。いずれにしても日本による統治の象徴ともいえる鳥居がこのように堂々と残されていることに私は驚いた。調べてみると、朴子のように立派なものは少ないが、台湾各地に日本統治時代の鳥居がいまも残っている。大陸では考えられないことだ。

夏至(げし) 2017年06月21日(旧暦5月27日)12:24
≪トイレットペーパー≫
私は昨年末から台湾のニュースに登場したトイレットペーパーを流す運動の行方に注目してきた。
最近の報道によると、運動推進のためのロゴマークの募集のほか、台北のメトロではトイレットペーパーが水溶性のものに替えれらたという。私はいよいよ環境保護署が打ち出した方針が実現されるのかと感心しながら見守っている。トイレの使用というきわめて日常生活に密着した、しかも長い伝統に根差した習慣を変えるということは容易ではないと思っていたからだ。
私は外国に行くと必ずその国のトイレの状況、使用方法を詳しく見るようにしている。最近の台 湾はどこの施設、観光地も清掃状態が良好で、気持ちよく旅をすることができる。ただ、紙を流す習慣が定着している日本人としては、率直にいって使用後の紙を目の前のゴミ箱に捨てる点だけは抵抗があった。新たな運動によってこの問題がいずれ解消すると思うとうれしくなる。

芒種(ぼうしゅ) 2017年06月05日(旧暦05月11日)19:36
≪台湾と香港≫
日本では台湾と香港を並列して考えたり話題にしたりすることが多い。台湾、香港で暮らす人々にすれば、「一緒にしないでほしい」といいたくなるかもしれないが、台湾も香港も日本に比較的近い外国であり、同じ中華文化圏に属していることなどからそうした習慣ができたのだろう。
統計的な証拠はない私の個人的な印象なのだが、台湾と香港の二つの地区の日本における重みがここ数年で変わってきているように感じる。一言でいえば、香港に比べて台湾の存在が大きくなった。たとえば今年に入ってからも台湾を紹介するテレビの報道番組や旅番組、また新聞の特集などは 台湾のほうが多いように思う。新聞に折り込まれてくる海外旅行を勧誘するチラシも香港より台湾のほうがずっと多い。
理由はいくつか考えられるが、私はここで二つをあげたい。一つは香港への中国の影響力の増大だ。日本人にとって香港の魅力は中国大陸の一端にありながら英国植民地の伝統を受け継いだエキゾチックで自由な世界というところにあった。ところが、習近平体制のもとで中国の香港に対する強権的な姿勢が強まり、その魅力が減りつつある。日本から香港への一般的な旅行者には直接影響することは少ないかもしれないが、なんとなく香港の「息苦しさ」が強まっている雰囲気がある。

小滿(しょうまん) 2017年05月21日(旧暦04月26日)04:30
≪国立アイヌ民族博物館≫
日本政府はいま「国立アイヌ民族博物館」を2020年に北海道白老町に開設することを目指して準備を進めている。
先住民族であるアイヌについて、日本の政府は明治時代以降、「旧土人」という呼称のもとに差別的な扱いを続けてきた。しかし、アイヌ民族自身とそれを支援する人々の努力により、2008年に国会の衆議院と参議院が「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を全会一致で採択、アイヌを取り巻く環境は大きく動き出した。国立のアイヌ民族博物館を新設しようとする動きは、こうした流れにそうもので、日本の民族問題を考えるうえで画期的な出来事といえるだろう。日本の国立博物館と いえば、東京、京都、奈良などに日本文化の粋を集めた大規模な施設があるが、アイヌ民族と分野を限定して国立博物館を設けること自体が異例である。
国立の博物館ができる北海道の白老町は、札幌から車で1時間半ほどの距離にある人口1万8千ほどの小さな町だが、古くからアイヌの有力な集落があった。民間のアイヌ民族による文化伝承施設がいまもあり、台湾はじめ各国からの多くの観光客がアイヌの伝統的な住宅のなかで演じられる踊りなどを楽しんでいる。

立夏(りっか) 2017年05月05日(旧暦04月10日)15:30
≪快適な入院≫
体調を崩し、二週間ほど札幌の病院に入院した。これまで幸い健康に過ごし、このような入院は十代後半のとき以来、ほぼ半世紀ぶりの経験になった。久しぶりの入院は驚きの連続だった。
一番驚いたのは、病院の明るさだった。「入院病棟」というと、少し暗くて消毒臭があるような先入観があったが、実際は違った。大きな窓や天窓から終日陽光が注いでいた。朝焼け、夕焼けはもちろん、天気の悪い日さえ雲の動きや変化を楽しむことができた。臭いを感じることがなかったのはどうしてなのだろう。特別な技術でもあるのだろうか。
最も「明るさ」を感じたのは、なんといっても医師、看護師、看護助手、各医療技術者らの親切な対応だった。医師は検査結果を詳細な資料とともに丁寧に説明し、治療方針をはっきりと示してくれた。これは病気に対する的確な認識と安心感をもたらしてくれた。医師も看護師らその他のスタッフも態度、言葉遣いがとても親切で、笑顔をたやすことがなかった。昔の「お医者さんはちょっとこわい」というイメージはいまやない。昔の入院の記憶とあまりに違うので戸惑ったほどだ。こちらが高齢者になり、医師や看護師がずっと年下という関係も影響しているのだろうか。私は、患者を「お客様」扱いにする必要はないと思うが、いまや病院は「サービス産業」になっ たといえるのかもしれない。

穀雨(こくう) 2017年04月20日(旧暦03月24日)05:26
≪馬鹿騒ぎ≫
私は日本には三つの「馬鹿騒ぎ」があると思っている。オリンピック、ノーベル賞、先進国首脳会議(サミット)だ。これらの三つのイベントはマスコミが異常な過熱報道を展開する。それぞれが大きなイベントであることは否定しないが、その時々の本質的な意義や価値を評価することをわきに置き、無批判に大騒ぎが繰り広げられる。へそ曲がりの私は、最近ではこの三つの事業の名前を聞くだけで反射的に眉を顰めてしま う。偏見といわれるかもしれないが、すでに66歳となり融通の効かない老人としてはいまさらこの性格を変えることはできない。
現在の日本で大きな話題になっているのは開催が決まっている2020年東京五輪である。1964年五輪以来、56年ぶりに開催される夏の東京五輪だ。日本政府はこの2020年五輪を日本経済を活性化させる大きな弾みにしようとしている。1964年五輪が高度経済成長の日本に勢いをつけた歴史を再現したいという狙いがある。とくにここ数年、政府の経済政策が順調には進んでいないだけに、2020年五輪に大きな期待をかけている。
しかし、この2020年五輪はあまりにも不明朗なことが多すぎるのが実態だ。そもそもどのぐらいの経費がかかるかがいまだにはっきりせず、 当初の想定額がどんどん膨らんでいる。しかも、その金額の負担の仕方が定まらない。国、主催都市の東京都、さらに一部の競技の開催に協力する神奈川県、札幌市などの地方自治体の負担額も明確になっていない。これまでも、五輪を宣伝するためのロゴの「盗作事件」、国立競技場の全面的な設計変更などあまりにずさんで悪質な舞台裏が明らかになっている。さらに五輪のためならば何でも許されるという空気が醸成され、政府は五輪の順調な開催を大きな理由に治安立法の強化まで図っている。

清明(せいめい) 2017年04月04日(旧暦03月08日)22:17
≪台湾番組≫
最近、日本で放送される台湾に関するテレビ番組の質が少し変わってきたように感じている。相変わらず観光案内の番組が多いが、一方で台湾の歴史や政治状況を詳しく伝える番組も目立つようになった。
先日、民間放送局のテレビ東京が流した番組で印象的だったのは金門島のルポだった。テレビ局の女性アナウンサーが金門島を訪ね、軍の施設などを直撃取材していた。もちろん、施設内部の取材はできなかったが、門番の兵士の連絡で女性の広報官が出てきて一定の説明をしたり、帰宅途中の兵士がインタビューに応じたりする内容には感心した。閉鎖的な大陸の軍 施設ではありえない話だ。台北からすぐに入れる金門島とはいえ、そこに実際に足を運び、日本の視聴者に大陸側との戦闘の歴史などを紹介したテレビ局の姿勢は評価できる。
また別の民間放送局であるTBSが最近放送したニュース番組では蔡英文政権の原発停止計画を詳しく報じた。男性キャスターが北部の原発のようすを報告するとともに、原発に反対する団体の代表、原発停止の経済的影響を懸念する経済団体関係者、地元の県長、電力会社幹部らさまざまな立場の人々の声を伝えた。番組には、重大な事故を起こしながらも原発の運転継続に固執する日本政府とは対照的に、再生エネルギーの活用による脱原発を目指す台湾の人々の重大な決断に対する敬意が流れていた。